残照②
- 2022.02.12
- 高齢者福祉
- sensin
こんにちは。ふたみ訪問介護ステーションです。
前回の続きです。
材料の調達を終えて自宅に戻った出口氏は、早速、門松作りの作業に取り掛かった。
毎年のことでもあり、作業は手慣れたものだった。作業場にはさながら大工職人のような工具類がずらりと並ぶ。
鋸で竹の表面を切り出し、やすりで研磨し形を整えていく。
最近では意匠にまでこだわり、細部にディテールアップの装飾を施すほどになっていた。
DIYのような作業に没頭し日常の雑事をひと時忘れることは、心身のリフレッシュを図る手段として有効であると言われているが、出口氏のそれは、そうした領域を軽く凌駕したものだった。
「これでよし…と。そうだ、最後にこれを…」
そう言って出口氏が用意したものは、麻のロープだった。
「ほんまに、毎年ありがとうねェ。」
「いえいえ、こちらこそ。」
完成した門松を持参し、出口氏は再びM氏夫妻のもとを訪れていた。
「大したものやねェ。もうほとんど、職人さんが作ったみたいな出来栄えやないの?ほら、お父さん、わかる?出口さんが、今年も門松持って来てくれたんやで」
妻が声をかけると、M氏はニコニコと屈託のない笑顔を浮かべながら、そうかそうか、と頷くのだった。
「まったく、わかってるのかわかってないんだか…。ごめんな、せっかく来てくれたのに」
「アハハ、ええんですよ。ほら、先生これ見て。門松に巻いてあるの、麻のロープやで。昔、私ら、これを体に巻き付けて、砂浜でタイヤ引っ張ってたんやで。懐かしいな~」
出口氏がそう言うと、M氏は寂しげな表情を浮かべ、ポツリと呟いたのだった。
「みんな、わしのこと、恨んどるんやろなぁ」
その言葉を聞いた瞬間、ハッとなった出口氏の脳裏に浮かんだのは、今から数十年前の光景。
M氏が定年退職を迎え、その慰労も兼ねて当時のソフトボール部のOBが集まり、同窓会が開催された。
皆でバーベキューを楽しむ傍ら、不意にM氏が出口氏に声を掛けた。
他愛のない昔話から、あの頃の練習は厳しかったというような思い出話に花が咲いた。
「あの頃は、わしもがむしゃらに頑張ることしか頭になかった。一段とお前らには厳しく当たって、つらい思いをさせたなぁ。わしのことを恨んでるやつも、きっとおるんやろなぁ。」
「何を言うとるの、先生。そら、先生の練習はめちゃくちゃきつかったで。けど、そのおかげで、私らの負けん気根性、ていうの?が養われて、それから人生どんなことがあっても、なにくそて頑張ってこられたんやで。何より、当時の私らは県大会で連戦連勝!輝かしい成績を収めたのは、先生の力なんやとちがう?もっと胸を張ってもええと、私は思うけどな~」
その時の、M氏のはにかんだような表情を、出口氏は昨日のことのように覚えている。
記憶には、短期記憶と長期記憶の二種類があり、認知症が進行した場合、往々にして前者が障害される。
しかし、ごく直近のことは忘れても、はるか昔のことはむしろ克明に記憶していたりするものだ。
それがその人にとって忘れられない思い出であるならばなおさら。
失われた人生の輝きの中に、一片残された記憶の残照。
出口氏はそれに触れた気がした。
「…誰も、先生のこと、恨んだりしてないよ。大丈夫」
出口氏が優しく声を掛けると、M氏は、そうか、と頷き、あの日と同じはにかんだような表情を見せたのだった。
おわり
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